LOMO DAYS side14

今年最初(遅くなりました)のLOMO DAYS は
遂にアミイゴさんの登場です。
scofのアルバム太陽でも「花が咲いた」で
ピアニカとカリンバをブロロンと
素晴らしいパフォーマンスのアミイゴさんです。
ずいぶん前の話し…..あれはいつだっけ?
クラムボンから誘われ「oursongs」に出場!?
それは波よせてとボーイズワンダーを
演奏するから歌って!となんて変なお誘い。
うれしはずかしで、ある日六本木のクラブで、
って書くとなんかボワア~んな場所じゃなくて
「プラスティック」っていうクラブで
「oursongs」はおこなわれていました。
その日は整体師のラッパーさんや歌の上手いおネイさん
(すみません名前忘れました)。
あっパレードという昔アミイゴさんも
サポートをしていたバンドも。
もちろんクラムボン。
パンが売ってあったり。
不思議な場所にいろんなミュージッシャン。
その中にあって、異彩を放つ「アミイゴス小池」
がDJブースに!?
多分その時が始めての「oursongs」体験だったと思います。
もちろん、昔からアミイゴさんは知っていました。
10何年前サイレントポエツのサポートでキーボードを
弾いていたアミイゴさん。(福岡にて)
その何年か後帽子がいっぱい釣ってあった…
そうインクスティックにて
Soul Rebelというバンドでキーボードを
足げにし、壊しまくって弾いていたアミイゴさん。
「あー恐かねー東京のミュージッシャンは!?」
と幼なミュージッシャン心に
トラウマを埋め込んだアミイゴさん。
まさかその何年後scofとして下北の伝説のクラブ
「スリッツ」で会おうとは…..。
そんな今回のLOMO DAYS はアミイゴさんの
お話から…………………..
LOMO DAYS side14

アミイゴさん曰く

「はじめに。
1994年の夏、生まれて初めて乗った飛行機で
訪れた福岡、記録的な猛暑の中でs.c.o.fに出会った。
彼らの音、イベントの空気、街の人や風景
などなどから感じ
るゆる~いグルーブ。
そんな感じをトウキョウにも作りたくて始めた
『Our Songs』。
時代は“阪神大震災”や“地下鉄サリン”前夜。
“癒し”ってコトバにウソ臭さを感じていたから、
裏テーマは“ナグサメ”。
今年s.c.o.fと共に“約束の地、福岡”で開催、
逆に福岡の街や人にナグサメられちゃいました、、、」
アミイゴさん曰く

2003年の年末、ちょっと寒い日。

写真は今回も北村さん。
しかし、なんだこのアミイゴさんと東さんの
ちょっとしたブラック系のミュージッシャンの
アーティスト写真みたいな写真は!?……….
A_s.c.o.f.の歌心が好きなんですよ。
s.c.o.f.が出てきた頃って、
Hip Hopでも何でも叩きモノが多かったでしょ?
それってなんか無理してる感じがして、
メロデイや歌の中にあるグルーヴ感を
もっと楽しみたいなって・・・
人間って自分の鼻歌だけで踊っちゃたりするでしょ、
楽しい時もシンドイ時なんかも。
でs.c.o.f.を見た時、すっげぇ~~羨ましいなぁ~って、
あんなの演りたいねって友達と話してたんです。
で、ホントのところミンナどうなの?
って、嫌いなカラオケにみんなを誘ってですね、
“茶髪カラオケ大会”なんていい加減な事
言いながら、みんなの心のヒダの内側を
覗いてやろうなんてね。
ーーーこんな話していいのかなぁ?
読んだ人引かないかなぁ??
s.c.o.f.(以下S)_大丈夫ですって(笑)。
で、誰と行ったんですか?
A_音楽はやってなくて、
まあ今でもよく一緒にいるような連中と。
みんながどんな曲をどんな呼吸で歌うのかなぁ?って、“唄”って上手い下手関係なく人間の
御立派な部分もダメダメな部分も簡単に見えてしまう、
それが面白いんだよね。
で、それからレコードバックの中身も変わりだしたよね。
レアものが少なくなってきた。
今ある音楽を使ってDJやりたいなぁってサ。
たとえば山下達郎をレアグルーヴとして扱うんじゃなく、
今ある音楽としてDJしたらどうなるんだろう??
とかね。それが楽しくて(笑)。
ちょうどニュークラッシック・ソウルとか言われて
ディ・アンジェロやエリカ・バドゥが出てきて、
自分の感じてた事の裏付けが得られた、
てか、BPM80~85、
その辺が自分では一番自由でいられるし、踊れる。
だから“クラブ系”とか“レアな音源”なんて
枕詞も必要なくなっちゃた。
で、その永遠のような緩いビートの中でいかに
歌をやっていくか?
なんだけど、Hip-HopやR&Bは基本的に英語じゃない?
だからこそカッコイイんだけど、
それを日本語の曲で翻訳してあげるんです。
でも、そこだけ唄のビート感が狂っちゃったりしてサ。
でも自分で好きだと感じたら根性でつないでやるんだ。
たとえばラッツ&スターの”夢で会えたら”のカバー、
始めお客さんは笑ったり戸惑ったりだけど、
帰る頃には『ユメでもし会えたら~~、、』
なんて歌ってたりでね。
で、平気でディ・アンジェロとかの緩くて
ロい曲で踊れちゃってる。
こういうスタイルのDJをずぅぅ~~~っと
やりたくてサ。
で、”Our Songs”っていうイベントを始めた
ワケなんだけれども。
今話したような感じのイベントだから、
音の色が決まってるクラブだとちょっと難しくって・・・。元々スリッツでイベント
やってたけど、無くなっちゃたし、、、
ちょっと寒い日

S_スリッツでは、s.c.o.f.は2回一緒に

させてもらってますよね?
A_最初は2人+DJで、その次は富田君と松井君と
一緒だったよね?
S_その後、軽く打ち上げみたいなのがあって・・。
その時、実は福岡で会ってる
ってことが判明したんですよね?(笑)。
S_スリッツでも”Our Songs”やってたんですか?
A_やってなかった。スリッツの頃はHip-Hopの奴等とDJ、
あとSOUL REVELってバンドのライブがメイン。
これに少し限界を感じてサ。
ひとつの場所に囲い込んで大きな音で踊らせるって
感じがね、それぞれの人が自由に楽しめる、
そんなイベントがいいなぁってね。
“Our Songs”と並行して”Sunday Workshop Cafe”も
始まって・・これもよかったんだよね。
カチャトラって基本的に食事する場所だから
か、みんな踊るでもなく、好きに過ごしてるよね。
このイベントを手伝ったことは大きかったね。
S_”Our Songs”はいつから始めたんですか?
A_95年から。青山にKISSっていう小さなクラブがあって、
俺にDJして欲しいって話しがきたのね。
こういう小さい場所なら自分のやりたいこと出来るかな
って思ったっすよ。ただ、スタッフがジャズ系って
感じのハコでサ(笑)。
でも、”OurSongs”やったらジャンルは違うけど
『音楽に対する愛情がある!』ってスタッフ
みんなすごく気に入ってくれてサ(笑)。
10回位はやったかなぁ。
そこでのDJが話題になって他のところからも
話しがくるようになったんだ。
盛り上げ上手って評判でね(笑)。
A_俺、自慢じゃないけど、
その頃、東京で一番s.c.o.f.かけるDJだったからね(笑)
絶対に、そう!!(笑)。
S_CD-Jでね(笑)。でも、福岡にいる頃は
どの位東京でかかってるかなんて知らないから
・・ね(笑)。
s.c.o.f.

A_俺ね、Hip-Hopの奴等がもっと

s.c.o.f.の曲かけると思ってたの。
でも意外にかけないんだよねぇ~。
でも、スリッツでやってた時なんか、
s.c.o.f.の曲かけるとラッパーの奴等がサ、
この人達巧いよねぇ~~言うんだよね。
やっぱり同じことやってる人達には分かるんだよ。
でもサ、94年位からだんだんHip Hopが
コアな方コアな方に向かってったじゃない?
だんだん息苦しくなってきちゃって・・。
だから、”Our Songs”につながってきてるんだけどサ。
そ!KISSでやってた頃、アコースティックライブを
取り入れたんだ。
当時、クラブでPA使わないライブって発想は無くてサ。
で、これがすごい評判よくて。
これは結構自信にな
ったよね。『これでいいんだっ!』って。
アアーッ!!話し変わるけど、KISSに
トルコ大使館員の息子がバイトしてて、
俺が”Fancy Free”かけたら
「アミイゴ~、この曲いいねっ!」って(笑)。
彼がトルコに帰る時も
『アミイゴ~、あの曲かけてよ!!』だもんね。
で、そのアナログ持って帰ったんだ、
「みんなに聴かせるんだっ!」って(笑)。
トルコでもかかってるんだよ!”Fancy Free!”(笑)。
S_たまに聞くんですよね、海外でかかってたって(笑)。で、その後?
A_六本木のplasticってハコでもやることになった。
でも店の方向性がわからなくて結構悩んでね・・。
ただエンジニアが昔からの知り合いで、
店のスタッフも徐々に乗って来てくれて、
自分の好きなことをここでもやろうと思ったの。
でも、ライブする環境が整ってなくて、、、
ライブ用のミキサー買いに行ったり、マイク買いに
行ったりしたね、俺が(笑)。
ホントいろいろ無かった。
でも、無いからこそ工夫して作っていくことが
すごく楽しくてサ。
S_”Our Songs”ハコが結構変わってますが、
スリッツからの古いお客さんの反応はどうでした?
A_KISSに変わった時
『スリッツが良かったのになんかココ嫌だぁ~』って。
でも、KISSが無くなっちゃうてなると
『残念だぁ~』って。でplasticに移ると
『六本木ィ?水商売臭いハコは違ぁぁ~~うぅ!』
とか言ってるくせに、終わる頃には
泣きそうになってる・・・(笑)。
そんな奴らばっかりですよ(笑)。
S_(笑)。
小池アミイゴ5

A_偶然だけど、色のついてないハコからイベント

やってくれって言われたから、
自由に出来たんだと思うね。
逆に音楽のラインが出来てるハコは敬遠してたって
いうのもあるけど。
S_plasticで今の”Our Songs”が確立した感じですか?
A_そうだね。plasticでやるようになってからだね。
ホントにやりたいことを発想出来るようになった。
で、クラムボンや今のハナレグミなんかも
“この日、ココだけの音”って発想で積極的に
“Our Songs”に参加してくれて、
いやあ~、出合い頭の音楽と音楽のガチンコ勝負!
そんなのが毎月やって来る、、
シンドかったけど楽しかったなあ~。
S_plasticでは何年位までやったんですか?
A_99年だったかな?クラムボンが”Our Songs”なんて
曲を作ってくれちゃって、、、
で、もうこれ以降”Our Songs”って名前は照れ臭いかな?
なんてね。ひと仕事終わったって感じでね。
それにもっと唄そのものの
“春夏秋冬”ってイベントを始めたコトもあって。
そっちのほうがより音楽が生まれる瞬間に
立ち会える、てか、俺にしか出来ない仕事って感じで。
“春夏秋冬”始めたらサ、
俺にとってはホント凄いヤツ等が
集まって来ちゃって・・・まあ、
まったく手の焼けるって部分でも凄いんだけど。
S_オープンマイクでしたもんね。
小池アミイゴ4

A_そそそ。「アミイゴさん、イベント出たいんで

デモテープ聴いてください。」
って来てくれるワケ。でも、俺はレコード会社の人間
じゃねえからサ、今日歌っちゃえよ、客もいるしサ、
って出てもらっちゃうの。そういうイベントやらない
とダメだって思ってたのよ!俺はサ。
このイベントでMount Sugerにも出会った
んだよね・・。
で、オープンマイクにしたから、
日によっては12組とかライブに
なっちゃうんだ。
このイベントは来たお客さんも含めて
みんなアーティストだっていうイベントに
したかったら間違ってはないんだけど、
自分にとってみんな大切な存在になってきたら、
改めて”Our Songs”の必然性が生まれて
きちゃってね・・。
S_今度は定期的じゃなくなりますよね?
A_そうだね。これからは感極まった時にやりたいと
思ってるの。みんなに楽しんで欲しいけど、
自分が一番楽しみたいと思ってサ。
S_それって重要なことですよね。
A_そう!そして今年の4月、イクコちゃんのひと言、
俺の必然、
s.c.o.fやスターパインズカフェとの絶妙の
タイミングなどなどでやった“OusSongs”。
これが楽しくて。『じゃあ、福岡でやるでしょう!!』
って、これはもう『母を訪ねて三千里』てか聖地巡礼?
あまりコトバにするのはハバカレルくらい
幸せな思いを貰って帰ってきた。
9年前に感じた事でここまでやれてきて、
でもさらにデカイモノを頂いちゃって、
もうしばらくガンバンなきゃ、
ってコトなのかな。
まあ、12月24日もユッル~くやりましょね。
2003年冬
アミイゴ、サツキ&リキ
小池アミイゴ3

…とそんなアミイゴさんも今やだいたい今

何処入るのくらいな
福岡滞在時間更新中!?
もはやアミイゴさんのいない福岡ってくらいな。
さて今年のcafeweekはどうなるのでしょうか?
それは誰にもわからない~。
だっていつもすんごい楽しいから。
ぜひ私達の街でもoursongsを!という方
御一報を。楽しい事になるよー。
サツキ*
http://www.cafeweek.com/
小池アミイゴ2